感想置き場

小説・ゲーム・稀に映画の感想置き場。ミステリーとBLとアサシンクリードが好き。

『ペルソナ5スクランブル ザ ファントムストライカーズ』感想

 ペルソナ5スクランブル ザ ファントムストライカーズ、神ゲーだった。
 ロイヤルもすっごく面白いんだけどそれなりにモヤモヤとか不満もあって、でもこの続編によってそういう引っ掛かりがだいぶ解消されたかな〜という気がする。

 今回「近衛明」という、怪盗団と同じように"正義"を掲げて"世直し"を目論む相手と対峙することになって、「認知世界を利用した"洗脳"と"怪盗団が行う"改心"はいったい何が違うのか」という命題に真正面から切り込んだのが素晴らしかった。無印およびロイヤルでは怪盗団を糾弾するのは明智の役割ではあったのだが、彼個人が歪んでしまっていたことと殺人というタブーを犯していたこと、主人公にとって友になれる存在なのかそうではないのかなど、いまいちはっきりしなかった点が多かったため、単純な「違う正義」として扱うには消化不良な存在だったと私は感じていた。
 無印発売から3年半ほど経つが、この「なぜ怪盗団は自分たちの正しさが絶対だと信じられるのか?自分たちの価値観に人を従わせようとするのは"敵"と同じではないのか?」という疑問は、プレイヤーの間でしばしば話題になっていたと観測している。そうは言っても私自身はそこまで気にしていなかったというか、なんとなくわかっているような気がするけど明確に「これだ!」という理屈は見つけられずにいた。これはゲーム本編がかなり長いうえに、途中怪盗団が名声に目が眩んで暴走するなどして話の主軸がブレたのと無関係でないとは思う。その点、今回のスクランブルでは全体の流れそのものが程よい短さに収まり、テーマからなるべく離れずにストーリーが展開されるのでわかりやすかったかなと思う。
 その疑問に対する回答として、ソフィアがこれ以上ないくらい明確に言ってくれている。「お前らの改心は人を檻に閉じ込めるが、怪盗団は外に連れ出してくれる」というもの。私はこれを聞いて目の前がパッと晴れたような、「な、なるほど〜〜〜」という気持ちを得た。
 怪盗団が奪うのは"歪んだ"欲望であって"ネガイ"ではないわけだ。月日の経過、もしくは外部からの影響で本来の姿から歪んでしまった欲望を奪い、あくまで"本人の最初の願い"を呼び起こすのが怪盗団のやり方。シャドウをボコボコにはするものの(これはゲーム的な都合が大半だと思う)、最後には説得で改心させてきたからね。

 言ってしまえばあくまで怪盗団は、普通の人には出来ない異能の力を用いることで更生を手助けするのが役割で、本当に「変わりたい」と願うのは本人ということになる。だから近衛が言ったように、このやり方ではすべての人を救うことは出来ないし、説得が通用しないくらい"生まれつきの性根そのものが悪"の存在には通用しないやり方だと思われる。異能をもつ怪盗団といってもあくまで人間であり、自分のキャパシティーを超えた数を救うのは不可能。だからそこ近衛やEMMAは神を作ろうとしたわけだけど、やはり「神の支配と人の自由意志は共存できない」という、アトラスお得意のいつもの展開になるわけだ。(これに関しては正直「またそれかーーい!」という気持ちが浮かんでしまったが、ペルソナ5のテーマが「反逆」なのでそうなるのはもう仕方がないかなと思う。)
 さらに私は、このペルソナ5スクランブルのテーマは「支配への反逆」に加えてもうひとつ「友情」があると思っているのだが、なぜかというとソフィアの「人の良き友人になれ」という言葉に始まり、各ジェイルの王に対応するパーティーメンバーがそれぞれいたり、一ノ瀬久音の孤独だったり、"つながり"に関係する場面が散りばめられているから。"つながりの強さ"自体はペルソナ3からずっと制作が推しているテーマではあるが、今回は主人公と誰かではなくパーティーメンバーがそれぞれの新しいつながりを見出していくという点で新鮮だった。無印では改心した後の相手と積極的な関わりをもとうする人が出るシーンはなかったが、今回のターゲットたちには罪を認めて償うと宣言した後に必ず「待っているから必ずやり直して帰ってきて」と言ってくれる人がいる。私はこの点が本当に素晴らしいと思っていて、孤独ゆえに暴走してしまった人たちに必要なのは頭ごなしの正論・説教ではなく「私があなたの友になる」という言葉だと私は常々思っているからだ。説教だけして「じゃああなたが私の友になってくれるのか!?」と問われたら気まずそうに目をそらす……なんて空気になったら嫌すぎる。
 「人を救う」ためには自分だけ安全な場所から見物するのではダメなのだ。"救い"とはそれだけ重く大変な行いだ。だからこそ怪盗団の「誰かに勇気を与えたい」という願い、そして実際に行動に移せることは本当に讃えるべきものだと私は思う。些細なことで歪んでしまうのも人間なら、何気ない言葉で救われてしまうのも人間で、「誰かとの繋がり」「友情」が大きな希望になることがある。

そうは言ってもゲームはエンタメだから、「話し合っても何の解決にも至りませんでした」とか「帰って溝が深まって取り返しのつかない事態になってしまいました」などの、現実ではあり得そうな胸糞悪い展開は楽しくなれないのであまり作れないと思う。「怪盗団のように他人の苦悩にいちいち寄り添うなんて無理だよ!」と言いたくなるような感覚もなくはないが、やはりエンタメは「これから生き続ける人間のための希望」なんだなと思う。そこのところは割り切って楽しむしかないだろう。

一ノ瀬久音について
 「ペルソナの科学者とか研究者ってのはだいたい元凶なんだよなぁ〜絶対この人だろ〜な〜。」と思ってた。いやでもまさかこんなに好きなテイストで来るとは予想していなかった。
 人を安易に「心がない」とか認定するやつはだ〜〜〜れ〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜!もう気軽に「サイコパスだ」とかレッテル貼りするのはいい加減やめるべきなんじゃあないかな、と私は思った。だって何かを「知りたい」とか「欲しい」とか願ってる時点で心、もってるじゃん……。もうソフィアの指摘が入る前から私は「本当に心がなかったら研究者なんてならないが!!??」と絶叫したい気分だった。「今とは違う何かになりたい」「違う場所へ行きたい」「知らないことを知りたい」と思った時点で心だよ。何も望まなくなってすべてが静止した瞬間が"死"。望み続ける限り"人形"ではなく"生命"です。「勝手に他人を"終わった存在"にするんじゃありませ〜〜〜ん!!」って一ノ瀬さんの親戚に対して私がキレてたら、ソフィアさんが「変わりたいと願うのが心だ!」って言ってくれてもう感動。「ソ、ソフィアさん………(号泣)」ってなりました。ありがとうソフィアさん……私の言いたいこと全部言ってくれたわ……
 そのうえ「寂しいなら私がお前の友になる」なーんて言われちゃあね。もう惚れちまうよ……。友情って本当に最高だなあ〜〜。愛だよ愛 Big Love。ラストのラストでソフィアが「一ノ瀬と一緒に行きたい」って言ってくれて、本当に良かったね一ノ瀬さん……。2人ともずっと仲良くしなよ……。
その他、ストーリー以外のゲーム全体について
 戦闘がね、すっっっごく面白かった。ゲーム下手くそ軟弱野郎なのでもちろん難易度はeasyにしたが、easyでもなかなか手強い。ハッキングの時の双葉を守りきれなくて殺したり、SPが足りなくて焦りまくったりとかしたが、それでもさすがペルソナというか、爽快感がもう最高。
 それに加えてペルソナ最大の強みであるスタイリッシュな演出!総攻撃時のオシャレかつちょっとコミカルな感じが素晴らしかった。Show Time演出なんかもとにかく凝ってて美しいわカッコいいわでFoooo!って感じ。
 音楽も無印より軽快さだったり獰猛さを感じる部分が増えて、ギターREMIXとか心が震えたね。ただ戦闘にアワアワしてたせいでゆっくり聞ける余裕がなかったので、2週目やるならもっと余裕をもって、曲とかフィールドのグラフィックとか気にしてじっくり堪能したい。
 あと素晴らしかったのは旅ゲーなところ。現地の風景の再現度が高いし、そこをピョンピョン飛び回れるのもよかった、ご当地名物とかもあったし。「次はどこに行けるのかな〜」ってワクワクしっぱなしで、無印でできなかった花火大会のフラグが回収されたときは感動した。
 でもコイツら散々遊びまくった後にジェイル潜入して夜明けまで、とかが普通にやってて体力オバケかと思った。ラストとかもう完全に帰る空気だったのにそこからまた潜入して偽神様とバトルでしょう?スゲーなお前ら。

 ペルソナ5スクランブル ファントムストライカーズ、本当に神ゲーです。ありがとうアトラス、コーエーテクモ