感想置き場

BLとアサシンクリードが好き

摩耶雄嵩『鴉』感想

 すっっっごく面白かった。
 まず主人公の名前がカイン!弟の名がアベル!もうそんなの絶対弟殺してるじゃん!あまりに露骨なのでそう思わせたいだけで後々裏切ってくるのかと思ったら、事実としてはその通りだったのが意外だった。でもストレートなのはそこだけで、捻り方が二重にも三重にもなっていてただの弟殺しでは終わらず、実際に殺したのはまさかの15年前。さらにまさかの二重人格。まあこれ自体は一人二役なんてよくある題材だけども、散々「弟が羨ましい」「弟に成り代わりたい」などの独白を挟んでいたからそれが明かされたとき「このためだったのかー!」という感動があった。冷静になったら「この二重人格設定いるか?」と思ったんだけど、これが無いと村から帰ってきた弟を殺した犯人が宙ぶらりんになってしまうからかな。普通にカインが殺したばかりで、村から帰ったら捕まる展開でも成り立ちそうだけど、巻末解説の「同一の存在への暴力と異端の存在への暴力を描いている」が真だとすると、最後に「カインが弟に成る=同一のものに還る」という部分が重要だったのかも。最後も弟と同じように川に流れて行ったし……。というか弟がカインの中の人格ならいつ殺すかもカインのさじ加減だから、弟に関して作中で書かれた何もかもがカインの脳内ストーリーを綺麗に終わらせるためのものでしかなかったってことで……。いろんな意味ですごいなこの主人公……。でも殺したのが15年前ってことは高校のエピソードとか何だったの!?成績が人格によって乱高下してたってこと!?
 何より最高なのはカイン=櫻花の叙述トリックで、「弟側」として登場する橘花と名前を似せることであたかも櫻花と橘花が兄弟であるかのように誤認させる手法。見た目も名前も「書かれなければわからない」という小説ならではの騙し方。私はこういうのが見たくて推理小説を読んでいるといっても過言ではない。弟を妬む兄という構図は世界中どこにでもある構図なだけに、ただの共通点かと思い込みやすい。私はあまりに櫻花が「弟」としか呼ばないものだからこれはミスリードなんじゃないかとなんとなく察せてたけど、まさかこの子がカインだとまでは察せなかった。
 続いて最高だったポイントはまさかの村人ほぼ全員が色覚異常という大胆なトリック!これはしつこいほどヒントが多かったのもあって私も気付けていた。村人の服や壁や床の奇抜な色だとか鬼子の作った梅模様の着物とか大鏡様の紋様とかね。何より紋様に「火」があるのにそれが赤じゃないってそんなことあるかなと思って……。冒頭にカインのウィンドブレーカーが緋色ってあって「意外と奇抜な趣味ね……」と感じたのがここで繋がるか!って感じで、紅葉が示した道の記述を見たときに確信に変わって雷に撃たれたような感覚だった。村人ほぼ全員が先天的異常、なんてありえるのか?と思ったけど何百年も外界から隔絶された秘境なら全員が近い血族ってのもありえるかなと。
 3つ目の最高ポイントはやっぱり大鏡様。何をやっても大鏡様の言うことだから全部正しいとされてどんな論理的な反論も「神だから」で封じ込められる理不尽。しかし現人神などと崇められていても実際に人々が信じているのは神本体ではなく、神という役割そのものである。バラバラな人々をまとめ、共同体として成立させるための掟としての神。人を支配しているように見えて実質支配されているのは神の方という皮肉がたまらない。さらに皮肉なのは村人たちにはその自覚すらないということ。神の力など無いと認めてしまえば自分が今まで生きてきた世界が崩れてしまうということを深層で察しているがために、仮に不信を抱くような出来事が現れても脳がそれを拒んでしまうことがある。そして土地争いという現実的な問題でも己の欲望を理由とした行動だとすると角が立ってしまうが、神が認めたというお墨付きさえあれば一家惨殺ですら罪ではなくなることの恐ろしさ。そういったシステムを維持するためには神の人格などというものがあってはむしろ邪魔なのだ。大神様は神ならば絶対的な力で世界を意のままにできるはずなのに、本当は何も自由にできないただの政治の道具でしかなかった。祭り上げられる神も、無残に排除される鬼子も元を辿ればシステムの都合で生かされるか殺されるかの違いでしかないということ。人間がたくさん集まるとどうしてもこうなってしまうのか……と軽い絶望を覚える。でもフィクションにこういうものが出てくると死ぬほどテンションが上がってしまうというジレンマ……!
 それにしてもメルカトルの野郎、めずらしく早いうちから真面目に探偵やるのかと思ったら、いつものようにもったいぶったことを言うだけ言って龍樹家の恨みを晴らして勝ち逃げしやがった!ここで龍樹の名前が出てくるか!ってのもこの本の好きなポイントだけども、母方の複雑さも併せてメルカトルくんは本当に数奇な生まれだね…….。しかし彼の父の一族が受けた仕打ちについて語る時に怒りが滲んでいたという記述が私には結構意外だった。メルにとって家族に対する感情とはどのようなものなのだろう。鬼子騒動が起こったのが42年前ということはメルはまだ生まれていないはず(30代とどこかで書いてあった気がする。少なくとも42歳以上には見えない)で、自身の名誉や財産が害された時に憤るのはいつものメルだが、自身が生まれる前の父親の復讐まで守備範囲だとするとあんなのでも家族にはそれなりの愛情というか同胞意識のようなものがあるのだろうか。『翼ある闇』で椎月が死んだと聞かされた時の動揺を額面通り信じるとするならそういうことになるけど……。でもメルだしな……。他人には冷淡でも身内には逆に強い情を抱いている人もいるのでそのパターンでないとは言い切れないけど……。でもメルだしな……。

 カインに真実を突き付ける時のああいう突き放した言い方はいつものメルらしくて安心する。無慈悲といえば無慈悲だけど自己陶酔激しいカインくんが言葉の刃で一刀両断されるのはある意味自業自得なので……。メルは他人の自己満足劇場に巻き込まれるのが大嫌いだろうから。むしろカインくんに対して終始ほとんど皮肉を言わないのが意外ですらあった。
 麻耶先生の本は全体的に勿体つけたうえ突き放してるというか冷めた文章だなあと思う。でもそれがいい。作者が犯人の自己陶酔に寄りすぎていてねちっこいのは好きじゃないし……これぐらい突き放してくれた方がいいな。