感想置き場

小説・ゲーム・稀に映画の感想置き場。ミステリーとBLとアサシンクリードが好き。

摩耶雄嵩『鴉』感想

 すっごく面白かった。
 まず主人公の名前がカイン!弟の名がアベル!もう露骨すぎて「そんなもん誰でもわからァ!」ってくらい露骨なんだけど、あれだけ捩くれた事件の後だとむしろスッキリするというか「ああやっぱりね」とむしろ落ち着かせる効果があった。でもただの弟殺しでは終わらず、まさかの二重人格。まあこれ自体はそんなに珍しい手法じゃなくて、一人二役なんてザラにあるから革新的ってわけじゃないけど、散々「弟が羨ましい」「弟に成り代わりたい」って独白を挟んでたからなるほどねってなった。私は最初、カインとアベルが入れ替わってて、本当に死んだのはカインとか?と予想してたんだけどそっちかー。
 でも何より最高なのはカイン=櫻花の叙述トリックで、橘花くんと名前を似せることで櫻花の示す「弟」橘花くんであるかのように誤認させる手法。見た目も名前も「書かれなければわからない」という小説ならではの騙し方。こういうのが見たくて推理小説を読んでいるといっても過言ではない。弟を妬む兄という構図は世界中どこにでもある構図なだけに、ただの共通点かと思い込みやすい。私はあまりに櫻花が「弟」としか呼ばないものだからこれはミスリードなんじゃないかとなんとなく察せてたけど、カインだとまでは察せなかった。
 続いて最高だったポイントはまさかの村人ほぼ全員が色覚異常という大胆なトリック!これはヒントが多かったのもあって私も気付けてた。村人の服や壁や床の奇抜な色だとか鬼子の作った梅模様の着物とか大鏡様の紋様とかね。何より紋様に「火」があるのにそれが赤じゃないってそんなことあるかなと思って……。冒頭にカインのウィンドブレーカーが緋色ってあって「意外と奇抜な趣味ね……」と感じたのがここで繋がるか!って感じで、紅葉が示した道の記述を見たときに確信に変わって雷に撃たれたような感覚だった。村人ほぼ全員が先天的異常、なんてありえるのか?と思ったけど日本から取り残された秘境なら全員が近い血族ってのもありえるかなと。
 3つ目の最高ポイントはやっぱ大鏡様だね。何をやっても大鏡様の言うことだから全部正しいとされてどんな論理的な反論も「神だから」で封じ込められる理不尽。でも人を支配してるように見えて実質神を支配してるのは民衆の密かな「恐れ」の力っていうのはこの手の山村宗教がらみのミステリーでは定番だよね。神による奇跡の統治ということにしておかないと共同体を維持することができないという恐怖。本当は奇跡なんてないと理解してしまったら足元が崩れるような不安。神の罰だなんだと言いつつ私利私欲のための暴力。システムを維持するためなら「神」の人格など度外視で、むしろそんなものがあっては邪魔になる。神ならば絶対的な力で世界を意のままにできるはずなのに本当は何も自由にできないただの政治の道具。いやー最高!ハリボテの神……大好きすぎる……。祭り上げられる神も、無残に排除される鬼子も元を辿れば同じで、人間扱いされてないのは同じ。それを見抜いてなお黙っていられなかった野長瀬さんは偉大な人。
 それにしてもメルカトルの野郎、探偵やるのかと思ったらいつものようにもったいぶったこと言って龍樹家の恨みを晴らして勝ち逃げしやがった。ここで龍樹の名前を出すか!ってのも好きなポイントだけどメルカトルくんは本当に数奇な生まれだね…….。でも私はお前のそういう突き放した言い方好きだよ。無慈悲といえば無慈悲だけど自己陶酔激しいカインくんが言葉の刃で一刀両断されるのはある意味自業自得なので……。
 麻耶先生の本はまだこれを含めて2冊しか読んでないけど全体的に勿体つけたうえ突き放してるというか冷めた文章だなあと思う。でもそれがいい。犯人の自己陶酔に寄りすぎててねちっこいのは好きじゃないし……これぐらい突き放してくれた方がいいな。