感想置き場

BLとアサシンクリードが好き

摩耶雄嵩『メルカトルと美袋のための殺人』感想

 この本を読みながらもう何度思ったかわからないが、美袋くんなんでコイツと友達やってんの!?メルカトル鮎、この男……鬼畜外道・冷酷無比の擬人化か……?これほど「倫理」の2文字が似合わない人は早々いない。いっそ自分で人を殺しちゃうような人の方がまだ人間味があるくらい。自分では絶っっっ対に手を下さないけど、とにかく人を手のひらで転がすのが大大好きで、真相なんて「自分が」好奇心を満たせれば後は野となれ山となれ、必要とあらば証拠のでっち上げや犯行の誘導、自らの友人の誘拐まで行う……。恐ろしい男だよホントに。
 これで少しぐらい他に隙があれば可愛げもあろうものだけど本当に「無い」のだから困る。とにかく頭がキレるのは本当なので誰も勝てない。というか自分が負けないためにはどんな奇策でも屁理屈でも打ち出してくるので勝つ方法が「存在しない」。現実にいたら怖すぎるけどそれゆえにキャラとして輝きすぎていて、「だってメルカトルだし……」ですべてを水に流させてしまう圧倒的存在感が彼にはある。

 

ここからは気に入ったものを個別に

「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」
 これが一番好きかな。
 美袋くんが急にポッと出の女の人といい仲になって「おやおや」とか思っていたらまさかの「好きになった原因」が存在して、そこから事件を紐解くという斬新さ!しかもワトソン役として読者にヒントを提供する視点である美袋くんの証言部分がなんと「夢」!「予知夢なんてそんな馬鹿な!?」と言いたくなるが、そこもちゃんと論理的(に思える)説明を用意してくるのがいい。たしかに微睡んだ状態で聞こえてきたことをはっきり覚えていることもあるし、周囲の状況が夢に影響することもままあることだから。
 極めつけは美袋くんの「愛」がただの同情、延いては「愛する人のために奮闘する自分」というヒロイズムにすぎなかったという残酷な指摘!そして「嘘だ嘘だ」と喚きながらも本心ではそれが真実だと理解している美袋くん!最高……。
 たしかに美袋くんって表面上では倫理面を気にするそぶりを見せるんだけど、いざ自分の身が危うくなったり実利が絡んでくると簡単に「まあそんなものだよな」と割り切ってしまうところがあって、本当は誰のことだって愛してないし究極的には人が死のうが生きようがどうでもいいと思ってるんだよね。なんで彼がメルカトルと仲良く(?)できるのかって疑問の答えは結局そこなんだよ。人を心の奥底でどう見ているかという部分が二人は似ている。メルの言うように彼らは二人とも「愛情や人道、正義感など信じるに値しない」と思っている、これに尽きる。メルカトルは美袋くんの本質を見抜いているし、美袋くんはメルカトルが自分を見る目が間違っていないと確信している。そこにはたしかに「絆(この2人には世界一似合わない言葉だが)」があるんだなあ。そうじゃなきゃ10年友達(と呼んでいいのかわからない何か)なんかやってられない。

追記:改めて読み返してわかったのだけど、結局は美袋くん個人の感情の話なのだからメルが何と言おうと彼自身が心の底から「あれは愛だった」と信じられるならそれが事実となったはずだ。しかしメルが放った「それはただの同情だ」という言葉が美袋くんを縛りつけ、もしかしたら他の要素も含んでいたかもしれないのに「同情」というたった一つの事実として確定させてしまった。なぜなら美袋くんにとって探偵としてのメルカトル鮎の言葉は絶対的なものだから。「メルカトルの言うことに間違いはない」と一番信じているのが彼だから。その言葉を聞いてしまった時点でもう聞かなかった頃には戻れない。

「小人閑居為不善」
 今度は犯行の唆しですか……さすがすぎる……。直接「〇〇をやれ」と指示したわけじゃなく迷っている人をほんの少し後押ししただけなので法的には絶対に罪に問われないところが……最悪の野郎だ……。犯人が被害者になりすましてアリバイ工作なんてのはよく使われる手だけどまさかこういう展開になるとは。というかこの話のヤバいところはそこじゃなくて、自分の退屈を紛らわせるために殺人を誘発するというメルの外道ぶりと、この後本当にメルが警察に通報したかどうかがわからないところなんだよ。メルならもう自分の興味を引くことはないから通報しないとかいう展開が普通に考えられる。最悪だなコイツ……。

「水難」
 ガチの幽霊を容認するところにびっくりした。推理小説って基本的にそういうのはトリックにするじゃない?井戸に浮かぶ骸骨とか土蔵の扉にデカデカと書かれた「死」の文字とかシチュエ―ションがいかにも過ぎて歓喜してしまった。
 事件の内容はそこまで突拍子がないものではなく、昔うっかり殺してしまったクラスメイトの死体を隠した子らが数年後に復讐っぽく殺されるなんてベタ中のベタなんだけど、普通なら幽霊の名を借りたリアル犯人にするところを、あえて幽霊は残しつつ犯人の自業自得で終わらせるというところがよかった。
 しかしなんといっても1番の見所は美袋くんが本気でメルを殺したいという衝動に抗えなかったところだよ!あそこは読んでて興奮してどうにかなりそうだったね。メルが憎まれる理由を完全に理解できるがゆえに「行けーーっ!やっちまえーーっ!」と確かに思った。ホームズに本気で殺意を抱くワトソン役……新しいな……。しかもメルがその殺意を見抜いていてその場では指摘せず、あとで交渉の材料、むしろダメ押しの一部として平然と使ってきたというところ!たぶん本当に殺されたとしてもメルは「ついにこの時が来たか」としか思わないんじゃないか?まあ実際はそんなことする前に一作目で死んでるんだけどな!アッハッハ! 

 でも美袋くん……「物書きとはこういうものだ」とか言ってるけど何一般化して自分の薄情さから逃れようとしてんの?そりゃ信念の無い物書きだって探せばたくさんいるだろうけども!有栖川先生(キャラの方)の圧倒的品行方正さ・善良さを見て!?

「彷徨える美袋」
 美袋くんまーた犯人の嫌疑をかけられているよ……。まあ探偵物にはよくあることだけど、事件にたまたま遭遇する部外者なんて普通に考えたら怪しまれるよね。
 しかし美袋くんは「困ったときにはメルカトル」が板につきすぎだろ。彼はメルカトルのことを人格は最悪だけど実力だけは本物だと理解しているから、メルが本気で言っていることなら間違うはずがないというある種絶対の信頼を抱いているよね。信頼とか美しい言葉がカケラも似合わない関係だけど……。
 問題はメルの人格、本当にこれはどうしようもない……まさか自ら友達を誘拐するなんて……。いつもはなんやかんや窮地を救ってくれるのでつい水に流しそうになっちゃうんだけど今回はだいぶ一線越えたね!?「いざとなったら救いの手を差し伸べてあげるさ」とは言ってたけど、具体的にどうするかはわからないし万が一に間に合わない可能性とかを考えると美袋君が殺される可能性はゼロじゃない。その万が一で友達が殺されても「あーあ」で済まされそうで怖い!!でもそうなると流石のメルも「負けた」判定になりそうだから必死で阻止するのかな?そうは言っても実際一作目でメルは死んでるわけだから絶対に安全とも言い切れない。それにいざとなったら助けるつもりでいたということは美袋くんが行き倒れ寸前になっていた時も近くにいてその様を監視してたってこと……?こっわ……。想像したら誇張抜きで背筋が寒くなった……。そうでなかったら美袋くんが道に迷ったりしてペンションに辿り着けずに死ぬ可能性を許容していたことになるし……。美袋くんやっぱ友達は選べよ!コイツはやめた方がいいって!やめないんだろうけど!

追記:『メルカトル悪人狩り』で「メルの行動=神の思惑」と言っても過言ではないような書き方をされていたのを知った後だと、たしかにメルは美袋くんが死ぬことを許容していたわけではないということがわかる。メルにおいては計算違いという現象は絶対に発生しないからだ。だからメルが「美袋くんは死にかけるかもしれないが決して死にはしない」と想定したのならばその通りのことが起こる。ただ、自分の利になること(名声や報酬など)が無いとわかれば死人が何人出ようがおかまいなしのメルが「美紀弥は死んでもいいけど美袋くんが死ぬ展開は求めていない」と考えたという事実はなかなか趣深い。少なくともメルにとって美袋くんは大抵の人間よりも生きていてもらう意味がある存在ということだから(そうさせているのが友情などとは決して呼べない何かであっても)。


まとめ
 どの話も冷たくて捻くれてて「普通ならこうするだろう」を微妙にずらしてくる展開。私はこうやって「騙された!」という瞬間を味わうためにミステリーを読んでいるので、この清々しいくらいの倫理感ゼロっぷりが大好きだよ。怖いし後味悪いのに惹かれてしまう……。
 でもここまで完璧で絶対に負けないメルを描写されると一作目でおとなしく殺されてたのが本当に不可解。もしや自分が殺されるところまで計画通りだったのか……?