感想置き場

小説・ゲーム・稀に映画の感想置き場。ミステリーとBLとアサシンクリードが好き。

京極夏彦『邪魅の雫』感想

 一見バラバラに見える複数の事件や人物が一つに集約していくのが京極堂シリーズの基本的なスタンスであったと私は理解しているのだが、今回はいつもと違って個々の事件は本当にバラバラなのに関係する人物が重なっているせいでまるで一つの事件かのように見えるという、少しひねりの効いた構成なのが新鮮だった。
 しかし私はもともと人の名前を覚えるのが苦手だ。見た目と一緒に覚えられれば何ということはないのだけど、小説はビジュアルイメージがないから新しい人の名前が次々出てくると誰が何をしているか把握するのがだんだん面倒になってくる。レギュラーメンバー以外の、この話だけで使い捨てられそうなゲストキャラのターンになるとぶっちゃけほとんど流し読みしてしまう。過去の久保竣公とかは結構好きだったんだけどあれは性格的にシンパシーを感じたからだろうな。今回特に大鷹視点の時が一番辛かった。論理的でないのはダメだ。イライラして頭を掻き毟りたくなる。
 今回は(いつも通り)人間関係が錯綜しているうえに、ある人が偽名を使いまくったり浮世離れした人間が複数いたりして「誰が何したって!?」となる頻度が高すぎて辛かった。ぶっちゃけ事件の細かい内容の部分はかなり適当に読んだ。

 ところで今回は警察パートが多かったからまるで普通の刑事モノみたいだったな。妖怪うんちくパートがほとんどなかったせいか?個人と世間と社会の話は面白かったけど個人が何をしても社会は変わらないって諦観(?)には若干の反発を覚えた。世界に対して自分はあまりもちっぽけだというのはそりゃそうだろうと思うけど。

ここからキャラごとの感想

・益田くん
 好きだ……..。鉄鼠の頃からうっすら好きでまさかその後レギュラー化するとは思わず小躍りするレベルで喜んだものだが今回はなんとほぼ益田くん(と青木)視点!ありがとう京極先生……。
 刑事だった頃は結構強かというか(山下さんに比べて)物分かりのいい人というイメージだったけど、薔薇十字探偵社に入ってからはすっかり下僕ソウルが板について慌てたり戸惑ったり落ち込んだりいろいろな面が見えてとても楽しい。
 実はおチャラけている振る舞いはコミュニケーションを円滑にするための処世術で、本質は卑屈で小心者なのでむしろ関口くんに近いというのには「へえ〜」となった。二人は結構馬が合っているような気がするのは本質が近いからなのか?表面的には行動派で見知らぬ所にもグイグイ行けてしまう益田くんと表面も卑屈な関口くんでバランスが取れているのかもしれない。今回2人で小旅行みたいなものだったけど何の差し障りもなさそうだったしね。関口くんが中禅寺に叱られている(ように見える)と肩を持ちたくなっちゃったり「僕にくらいは話してもいいのでは」とか言っちゃうところがめちゃくちゃかわいい。というか友人だったのか君たちは。 知らなかった。
 しかしこの人何より榎さんのこと好きすぎだろ。好きというか尊敬?崇拝?しているというべきなのだろうか。まああれだけ規格外の人間もなかなかいないから大抵の人は崇拝するか苦手意識をもつかのどちらかになるんだろうけど……。榎木津さんに隠れて調査してるのが後ろめたい〜とか榎木津さんに近づけたと思っていたのに実は全然信用されてないのかも〜とか、もはや忠犬だよ忠犬。

 榎さんは意外と友達想いだし人道的だし血も涙もないわけじゃないんだけど、あの人に一般的な「近しい人としての特別扱い」を求めるのは無理があるのではないか。大切じゃないとかではないんだけど「大切にし方」が人とは違うんだよたぶん。何せ「神」だからね。でもしょんもりしている益田くんはめちゃくちゃかわいいよ。

 しかし益田くんは榎さんが"視"ている景色を知りたいとは思わないんだな。やはり尊敬と恐れは紙一重だからなのだろうか。益田くんにとって榎さんは異世界の人だから、隣に並び立ちたいとは思わないのかもしれない。好きすぎ状態の彼より青木の方が榎さんの扱いを理解するのが早いのは笑ってしまったが、遠い人間の方がかえってわかるのかもしれないな。
 ところで"視"た内容を中禅寺のように徹底して論理的に解説してくる榎さんはめちゃくちゃ見たい!怖いけど見たい!二人が融合して完全体になったら世界征服できそう。

・榎さん
 「榎さんに縁談ん!?」って読者をびっくりさせるのが京極先生の思惑なんだろうけど、まあ案の定「あの榎さんに!?」ってなったよね。だって榎さんだぜ。あの人に家庭とか無理だろ。身を固めろ(笑)それなりの家柄の娘さんを娶れ(笑)普通に(笑)暮らせ(爆笑)。お従兄さん寝言は寝てお言いなさいよ。いや女の人を大切にするのは間違いないし、本当に伴侶なんて人がいたらそれなりに誠実にやるんだろうと思うんだけどね。まず相手の人が耐えられないでしょ。いくら顔が千年に一人レベルの超絶美形といってもだよ。
 そもそも普通に()暮らせる人が探偵なんかやるわけないだろ!
 そんなんでも宏美さんとは戦争がなければ結婚するかもまで行ったんだって?信じられない……一体どうやって……?でも戦争が終わった後も消息を知っていながら会いに行かなかったんだよな?なぜ?
 新しい情報が入るたびに逆に何もわからなくなっていく男が榎さん。
 今回は珍しくテンション低いし喋らないし、人の名前をまともに呼ぶし、迷惑をかけたなとか言うしで読んでる方も調子が狂ってしまうわね。名前を覚えてないんじゃなくて絶対覚えてるけど面倒だから言わないだけだぜ。
 榎さんは立派な肩書きをもってるくせにそんなもんは何の証明にもならんと言い切れてしまうのがすごいよね。存在そのもので世界と渡り合っているとか本当何者?たしかにこの人には一挙手一投足に世界を動かす力があるよね。否応無しに誰もが目を止めてしまうというか無視できない存在感があるというか。理屈はまったくわからないのに真理を突かれていると人に思わせてしまう、そういう力。
 「分相応なことをしろ」ってのも今回のバラバラな事件にかかっているし、世界に比べたら個人なんてちっぽけなものだという話に繋がっている。結局人には身の丈以上のことはできないのかもな。

・関口くん
 なんか今回の彼はいつもよりずっとしっかりしている気がする。もにゃもにゃ喋るシーンはあるにはあるけど、論理的に長文喋ってるシーンも多いし(人間関係をカバンに例えるのとかかなりよかった)。まあ中禅寺と語り合えるくらいだから十分論理的な思考力は兼ね備えているのだろうな。いつもバカだ愚かだと罵られているので忘れていた。
 でも「自作に対する批評が気になって辛いよお〜〜中禅寺〜〜」って泣きついてくるのは完全にドラえもんに縋るのび太。今回京関が比較的仲良ししてるので笑いが止まらない。

 京関パワーが満ち満ちているシーンが「僕の前では自慢もするし天狗にもなる」とか「駄目出しされたくなければ僕より先に誰かに威張ればいいのに」とか「君で試しているわけだな」とかなんですよ。ま〜〜〜素直じゃないこと!信用してるからだろ!?一番に聞いてほしいんだろ!? 好きなんじゃねえか!
 京関は通常運転だけどやっぱり関口くん変わった気がする。榎さんにだって「長い付き合いの僕にも話せないことなのか」とか食らいついていくし。まあもともと榎さんに対しては比較的ズケズケ言っている気がしないでもないのだが、学生時代はどうだったのかね。
 神の理屈はよくわからないが、神が下僕を見下すのは当然のことだからかなぜか榎さんはそこまで嫌味な感じはしないんだよな。下僕だろうが何だろうが関口くんはそれなりに榎さん好きみたいだし、案外こういう感じが自然なのかもしれない。

・中禅寺
 益田くんが「それじゃあ関口さんの作品は駄目だと言ってるようなものですよ」と言って「そんなことは最初からずっと言っているよ」と返したくせに、関口くんが「どうせ駄目だよ」と拗ねたら「駄目とは言ってないじゃないか」って怒涛の中禅寺フォローを繰り出してくるの面白すぎるだろ(一秒前に益田くんに同意してるじゃねーか)。本人はフォローのつもりはないとか言いそうだけど、結果的に関口くんの助けになってるわけだからこれはやはり親切だよ。しかも「無視をすると君はむくれるじゃないか」と来た。関口くんやっぱり……コイツに飼われている……むくれられるのは嫌なんだ……ペットじゃん……。

 
 ところで中禅寺が出張ってくるのは本当に最後の最後なんだけど、祓う妖怪もあんまり存在感ないのによく重い腰を上げて出てきたな!?と思ったら「この間唆されたお礼」とか言い出して!?

 お前らはいつもお前らにしかわからん目配せしてお前らにしかわからん前提をわかり合ってやがる。「それでいいね」「もういいよ」じゃねーんだ阿吽の呼吸か?「榎木津に辛いことを言わせないために来た」……。中禅寺秋彦……BIG LOVEを纏いし男……。

    榎木津礼二郎と真に対等になりうる人間なんてものがいるとしたら中禅寺秋彦以上の人間はいなくない?コイツが駄目なら全人類駄目だわ。

・山下さん
 何を隠そう私は山下さんのファンである。好きというかファン。私は見栄っ張りな人間にシンパシーを感じてしまうタイプなのでつい応援したくなってしまう。
 フィクションの中では見栄っ張りな人間というのは基本的に倒されるべき存在として描かれるわけだが、残念なことに「倒された」後でも人生は続いてしまう
山下さんは箱根で大失敗したわけだけど、そのおかげで「悟って」変わった。出世という点ではそれは汚点になっただろうけど、失敗したあとにどうするかもまた選べるのだから失敗がすべて悪いわけじゃないと思える。彼は結果的にあるべきところに収まれたのだからよかったのだろうと思う。だから警察官として真摯に事件と向き合っているような山下さんを見ると「頑張ってほしい」と思うのだ。

・神崎宏美
 私はねえ、 彼女の気持ちがわかりまくるんですよ。 あんたは私か?と思った。なぜなら私も榎木津礼二郎LOVEだからです。
 しかしながら中禅寺に己の恋愛感情を解体されるの嫌すぎるでしょ。イヤーーーーーッて悲鳴上げるわ。恥じてるのも後ろめたいのも邪だと思うのも全部自分がそう感じているからでしかないんだけど、それを理路整然と紐解かれたらもうね顔から火が出る。穴があったら入りたくなる。
 わかるよ。友達なのに、好きなはずのに「あんな女」と思う。「ざまあみろ」と思う。「邪魔だ」と思う。わかる 、わかりすぎる。恋愛が絡むと自分でも意味がわからないことになるんだよな。
 しかしこの話で頻出する「自分の輪郭を広げて大きくなったつもりでいる」ってのが私にはイマイチ理解できていないのだ。つまり他人を自分の延長として見て自分の代わりに行動してほしいと願ったが、当然自分ではないので意に添わぬ結果になったということ?この人のは自分と他人が接続しているから自分の邪は他人の邪で、他人が邪なら人間全部邪だろうと、そういう理屈?よくわからない。
 しかし「榎木津と対等になりたい」か……すごいな……。大抵の人間はそんなこと考えもしないだろう。「好きだから盗られたくない」なんてそんな当たり前のことを認められなくて、距離を取って「私は何も感じていない」と思いたかったのか?榎木津は妬んだりしないから?全てを見透かす目を前にしたらそんな矮小な自分はバレてしまって本当は対等なんかではないと思い知らされるからだろうか?

 私はこの人の気持ちがわかると言ったが、やはり正確に言葉にするのは不可能みたいだ。でも説明できなくともやっぱり「わかる」から、読んでいて泣いてしまった。
 彼女が砂浜に着いたとき、「絶対礼二郎は"いる"」と予感がしたんだけどやっぱり〜いると思った〜!やはり榎木津礼二郎は"いる"よなあ……それでこそだよ……。

 「君が嫌いだ」と言われて初めて"憑き物"が落ちたんだろうけど、やっぱりはっきり言われないと終われないものなんだよね。それは死刑宣告だったけど、同時に彼女にとっては救いであったと思う。これを言わせないために中禅寺は出てきたはずなのに結局言わせてしまったね。これが彼のよく言う「僕が行ったところで結末は変わらない」ということなのか。体裁なんかかなぐり捨ててただ会いに行けばよかったのかもしれないけどすべては後の祭り、こうなるしかなかったのだろうな。

 榎木津礼二郎は最高。