感想置き場

BLとアサシンクリードが好き

樋野まつり『ヴァンパイア騎士』の話

 ヴァンパイア騎士……私の人生でトップクラスに大好きな漫画……。

 memories6巻を読んだ後また本編を全部読み直した。以前の私は優姫と零の関係に想いを馳せることに忙しかったのだが、最近は「枢はこのときどんな気持ちでいたんだろう」と考えるようになって、その視点で読むと新たに気づくことがいろいろあって楽しかった。

 一番印象的だったのは、「この漫画は絶対に"3人"をやり通す」という気概を感じたことだ。 少女漫画においてダブルヒーローモノは鉄板中の鉄板で、古来からさまざまな物語で展開されてきた。しかし現代の一般的な価値観として、恋愛関係というものは「最終的に特別な"2人"の間だけで完結しなければならない」というように浸透している。ダブルヒーローモノでも、ヒロインは話の途中で2人の間で揺れたあと必ずどちらかを選ばなければならない展開になるのが定石だ。しかし『ヴァンパイア騎士』はそうではない。本気で「どちらも大切」をやり切るつもりだと私は確信している。枢が封印され、話もできない状態になっても決して彼を"過去の人"にはしない。それは彼が死なない純血のヴァンパイアだから、という理由だけではないと思う。仮に枢が本当に死んでいたとしても、優姫の中の彼への思いが吹っ切れるなんてことはきっとありえない。正直を言うとmemories6巻の「君に悪役は似合わないよ」のシーンを見たとき、「か、勝てない……」と思ってしまった。零が優姫の心臓を鷲掴みにするという大胆な行動に出た直後にコレ。突如現れる枢の鮮明すぎるイメージ、もはや生き霊。絶対に離れないし離さないという気概が溢れ出て、圧倒的な存在感を放っていた。

 またそれに関連して、memories2巻に私の大好きなシーンがある。仲睦まじい英くんと頼ちゃんを見て零と優姫が「試しに繋いでみるか」と手を繋いでみるシーン。優姫の「こうするとあの人(枢)のこと思い出す……」という言葉に零も「俺もだ……」と返すところ。2人でいるはずなのに違う人のことを考えている。これはどこからどう見ても世間一般でいうラブラブな恋人とは程遠い状況ではある。幸せいっぱいどころか寂寥感さえ漂っている有様。しかし彼ら(もちろん枢を含め)にとってこれは決して間違った関係でも歪んだ関係でもないと私は思う。枢が優姫と零の間に割り込んでいるとか零が枢を失った優姫の心の隙間に取り入ってるとかでもなく、優姫が2人の気持ちを弄んでいるとかでもなく、"3人"はこれで完成しているのだ。優姫が零と向き合うことは枢を捨てるということには決してならない。枢を愛する優姫ごと愛すると言い切る零の愛の深さ・大きさも相当なものだが、そんな2人に「よかったね……」と微笑むことができる枢の愛に私は激しく心を打たれ、読むたびに泣いてしまう。

 枢は優姫を世界の何よりも大切に思っていて、理性の声が無ければ永遠に閉じ込めて自分だけのものにしたいほど深く強く求めているような描写が本編にもこれでもかと出てくる。そんな枢が最後に零と優姫に託した「2人には一緒にいてほしいんだ」という言葉。彼にとって憎むべき恋敵である零に世界で一番大切な優姫を任せるという決断。優姫に対して本当に深くて大きな愛情をもっていなければそんなことはできない。

 3人の関係において、2人の男がそれぞれ優姫に矢印を向けているだけで男たちの間には何もない(どころか学園編では互いに殺したいほど嫌い合っていたりした)ように見えるのだが、実際は零が枢の血を飲んだ頃以降の2人の間には絆と言えるようなものが存在しているところがミソだと私は思っている。「同じ人間を愛する者へのある種の共感」と表現するべきか。2人にとって、自身と同じくらい物理的に強く、同じくらい強い想いで優姫を大切にしてくれると確信できる相手などお互いしかいないのだ。だからこそ優姫の心の中に住んでいるのが自分だけではないことに苛立ちながらも、その事実ごと受け入れられるほどの度量がもてるのだと思う。

 樋野先生が「昔の3人絵と今の3人絵はテーマが変わってる」とおっしゃっていたが、昔は優姫が真ん中で零枢が左右だったのが、今は枢が真ん中にいる絵が多くなっている。それは優姫と枢の間の絆だけでなく、零と枢の間にもたしかに想いが存在するということを表してるのではないかと思う。優姫が愛ゆえに枢を丸ごと信じることができるのと同時に、零は枢と同類だからこそ優姫には見えない枢の部分が鏡を見るように理解できるのかもしれない。そんな3人を見ていると、大切な人は絶対に1人でなければいけないし、その中身は絶対に恋愛感情でなければいけないという感覚も、実は思い込みに過ぎないのかもしれないという気がしてくる。もちろん恋愛も構成要素の一つであるのは間違いないのだが、その一つだけで終われるようなものでもない。友達とか恋人とか名付けるのも結局は簡易的なラベリングに過ぎなくて、人と人との関係とはすべてが本当はもっと複雑でそれぞれ唯一のものなのではないか。ただ大切だという事実さえわかっていれば本当はそれで十分なのかもしれない。

 3人の関係を語るうえで欠かせないのはやはり「想いのすれ違い」だろう。"3人"として完成している今の彼らももちろん良いけれど、本編完結までの切ないすれ違いぶりがどうしようもなく良かった。枢から優姫への想い、零から優姫への想い、優姫から2人それぞれへの想いはどれもたしかに愛であるはずなのにずっと何かが噛み合わなかった。特に学園を出てから最終回少し前までの優姫と零の「建前がないと会うこともできない」というやるせなさ。心の中ではどうしようもなく求めているくせに「お前のことはもう何とも思っていない」と言い張る意地っ張りぶり。零がそんな風に言う理由にはヴァンパイアという存在を許せない気持ちももちろんあるが、何よりも枢の側が優姫にとって1番のあるべき場所だと信じているから出た台詞であると私は思った。ヴァンパイアは誰が誰を想っているのか飢えでバレバレだから一層切ない。たとえ周りには隠せても自分には一番隠せないという切なさ。

 ところで零と枢の愛も大概だが、優姫も澄ました顔して愛が激重なところが実に良いと思う。最終回付近の枢暴走の頃、枢が何度も「こう言えば優姫も僕に対する盲信から目覚めるだろう」と考えて自身を幻滅させるように仕向けてくるけれど、既に「最後に信じるのは枢」と覚悟完了して「何をされてもいい。裏切られてもいい」と言い切ってしまっている優姫。そんな程度で優姫の愛は揺らいだりしないということを全然わかっていない枢がニクい。枢様は1人で何でもできてしまうわりに自己評価は低いからこういう感じになってしまったんだろうな。私は優姫が「枢様になら何をされても構わない」とか「あの人に呑まれて一つになりたい」とか言う時の眼差しがめちゃくちゃ好きだ。枢様のことを本気で愛していることが痛いほどわかる。

 枢は枢で優姫は零の側にいた方が幸せだと思っているから、恋い焦がれてやっと手に入れたはずの優姫を手放そうという方向に急に思い切ってしまう。「僕の愛し方じゃ優姫は心から笑わないんだ」という台詞にそんなことないよ!と言いたいのに思い当たる節がありすぎる……。優姫は「枢と一緒に堕ちていきたい」と言っているのに枢はそれではダメだというところが2人の噛み合わなさ。枢の中にも未来永劫闇の中で2人寄り添って生きることに惹かれる自分がいるから、背負わせたくないと思いながらも優姫に自分の全部を明かして受け入れてもらいたいという気持ちもある。愛ゆえの矛盾とままならなさ。枢様のこういうところが私は本当に好きだ。

 零への恋に早々に決着をつけた愛さんの決断がどれほど潔く賢いものだったかよくわかる。拗らせたまま年月を重ねてしまった結果がコレよ!

 覚悟完了といえばmemoriesの零は、本編の眉間のしわが嘘みたいに穏やかな瞳をして優姫を見ることが多くなって、紡ぐ言葉も読んでるこっちが恥ずかしくなるほど素直になってしまっていて衝撃を受けた。「どんなことがあってももう二度と俺から別れを告げることはない」と決めたから迷いが消えたのか。本来は穏やかな場所を好む優しい人だということはわかっていたけれど、本編で辛いことばかりだった彼がこんな風に笑える日が来たという事実だけで涙が出る。本編での、痛みを堪えるような切なげな瞳も大大好きだけどやっぱり彼が幸せなら私は十分だ。『ヴァンパイア騎士』はでっかい愛の漫画……。何度読んでも大好きすぎて泣ける……。

 


・余談

①李土様と玖蘭家

  個人的に私がすごく好きなのが李土様。性格極悪だけどだからこそ好きというか、捻じ曲がったまま生きて死ぬ人間が好き。最後に見せた優しさのようなものだけ見て「実はいい人だった」とか死んでも言いたくない。たしかに始まりは綺麗だったかもとか奥底では純粋な思いだったかもとか想像することはできるが、何千年生きても理性を保とうとする純血種もいるわけだから、邪悪はどれだけ好意的に見ても邪悪だ。樹里や優姫を手に入れたからといってまともな愛し方をしてくれるわけがないし。

 あとあんなにワイルドなのに一人称が僕なところがすごく好き。

 ぶっちゃけ愛情の重さとねちっこさと巨大さでいえば枢とか悠も良い勝負だと思う。玖蘭家の男は明確に描かれていないだけで相当エグいことまで考えたことはありそうなくらい独占欲が尋常でなく強い人ばかりで、恋い焦がれてるときにみんな同じ目をするから怖い。一番怖いのは悠。傘を隠して「相合傘がしたかった」などという供述には本物の狂気を感じた。李土様が樹里樹里言ってるときの雰囲気、枢様も本気出したら絶対あんな感じになると思えてゾクゾクする。でも枢様の偉いところは、獰猛な欲望を飼いならして理性的でいようと常に心がけてるところ。そういうところが王の器で、血の強制力がなくてもみんなが枢様の支えになりたいと思う要因なのだと思う。

 

②絵の上手さ

 私が『ヴァンパイア騎士』で一番好きな要素はなんだかんだ言って絵かもしれない。髪とコート類のなびきに命賭けてるところがめちゃくちゃ魂に響く。あとまつげがみんなバサバサなところ。

 

③疑問点

    生まれてから死ぬまで3000年と少しの樹里の記憶が薄れるほど昔に、日本っぽいところで女子高校生やってたってことは今は何年なの?地下高速鉄道とか言ってるから超未来なの?その割には数千年後もクラシカルな学校と家と服だし携帯電話とか機械類も無さそうだしバイクが珍しいとかどういうこと?文明レベルはどうなってるの?そして黒主学園はどこの国なの?それ以前に他の国ってあるの?

 炉の火が落とされるときとはつまりすべてのヴァンパイアが死ぬか人間になるかしたってことなんだと思うけど、愛はこの先たった1人の純血種として途方も無い時を生きる羽目になるのではないのか?恋がいるとしても完全に純血でない者と純血の者とでは能力や寿命に大きな差があるのは明らかなはず。結局最後の玖蘭は枢と同じように枯れ果てるまで生きることになるのは変わらないのか?愛のそういう覚悟はmemoriesで今後描かれるのかどうかが気になる。

  樋野先生は個人的な感情を描写するのはめちゃくちゃ上手だけど、戦闘シーンがはっきり描かれないのは苦手だからなのか必要ないからあえて端折ってるのかどっちだろう。どちらにせよ政治とかのマクロな物事描写はわりとふわっとしてる気がする。テロ行為とか示唆されても戦闘の描写が少ないから肩透かしに思うことがある。私は大きなことより個人的なことにフォーカスしてくれたほうが好みだからいいのだけど。

 

追記:また改めて最初から読み直して、枢に対する理解が少し変わった。枢には「誰かのために尽くさなければ生きられない」という根本的な性質があって、しかしどれだけ尽くしても喪失しかもたらさない世界に絶望していた。そんな中で優姫の存在は「心から守り抜きたいと思える暖かな存在」という意味で、光そのものだった。だからこそ優姫の方がいくら「枢と共に堕ちたい」と言ってくれても、枢自身が「優姫を自分だけのものとして囲いたい」と狂おしいほど思っていたとしても、そのせいで優姫の暖かさが失われてしまうことだけは許せなかった。

 それと親金になるのが枢の当初からの目的だったとずっと思ってたんだけど違ったみたい。そうではなくて、優姫が樹里の封印でずっと目覚めの兆しを見せなければそのままにするつもりで、でも10年でその封印が切れてしまったから仕方なくそばに戻すことにして、安全のために李土と元老院を潰した。そして当初の予定では、優姫の安全が確保されたら自分の命を使ってもう一度人間にするつもりだった。でも優姫が「枢と生きてたい」と言ってくれたことでその決意が揺らいで一年も理想の暮らしを享受してしまい、そのうえ明かすつもりのなかった自分の正体まで明かしてしまった。そうこうしているうちに更が純血種の頂点に立つために他の純血種を殺し始めてしまい、彼女らに自制心を期待しても無駄だと悟り皆殺しを決意した。純血種は純血種を食らって力を得たがる生き物だから、自分が儀式で死んだ後の優姫を守るために、もともとやるつもりだったかはわからない。その方針が変わったのは、途中で優姫と零の妨害にあったのもあるが、一番はハンターの親金が消失してしまったことで、それは予定にはなかった。でも武器として残れば長期的には、道を外れたバンパイアを抹殺することにはなるし、純血種皆殺しよりは穏便な方法ということで親金になった。